管理人プロフィール

管理人プロフィール

こんにちは、管理人の林です。

1959年02月生まれ、新潟県出身、2020年現在61歳

上京してから42年が経ちました。

色々あったけど、現在はWebサイト制作、ライター、グラフィックデザインなどで生きています。

趣味

写真加工(合成・レタッチ)、フィギュア、プラモなど。

略歴

色々思い出しながら、書いていますが、昔のことで・・年代が多少前後しているかもしれません・・・

自信がない・・・やっぱり忘れっぽくなっている。

あれ!だよ、ほら、それ、だってば!何だっけ?それだよねで、会話が成り立ってしまう60代です。

10代

19歳の時に、殆ど何の準備も無く、舞台美術をやりたくて上京(妹尾河童に憧れていた)。

当時文京区千石にあった三百人劇場に研究生で入所するも、生活費が稼げず1年程で退所。

退所後、なぜか美大を受験。

多摩美に補欠入学の話があったが断る。

20代

その後、専門学校桑沢デザイン研究所(グラフィックデザイン科1期生)に入所。

在学中はカメラマンアシスタントやデザインナー助手や他アルバイトに情熱を注ぐ。

主要な実績:武田久美子写真集(撮影・デザインアシスタント)カー雑誌(撮影・デザインアシスタント)企業宣材(撮影・デザインアシスタント)ファッション雑誌(撮影・デザインアシスタント)など色々ありましたが結構忘れています。(思い出せない?その気がない!)

1回目の就職

桑沢時代に知り合った、ファッション系の広告代理店の社長に誘われ、桑沢卒業後そのまま入社。

原宿のアパレルメーカーの仕事を手掛ける。

フランドル、コーザノストラ、流行通信、など、など・・・沢山あったけでやはり・・・思い出せない。

モデル、カメラマン手配、ロケハン撮影アシスタント、デザインなど幅広く従事するも、イラストレーターになりたくなり2年程で退社。

2回目の就職

退社後知り合いの紹介でデザイン事務所を紹介してもらいイラストレーター件デザイン助手で入社。

方向性の違いで、半年で退社。

3回目の就職

ブラブラしていたら、当時の呑み仲間であった現DHCの会長に誘われ、当時立ちあげたばかりの、DHCオリーブ事業部に、コピーライター兼パッケージデザイナーで入社。

1年半程務めたが、会長のスパイではないかと、在らぬ疑いをかけられ、会長には理由を告げないまま退社。

その後、秋葉原の電気街で日本人、外国人相手のメーカーヘルパー(販売員)を当時のLAOXで始める。

20代後半~40代

販売委員時代

販売委員時代ここが一番長い。

三菱電機、アカイ、コロンビア(DENON)、シャープ、AIWA、SONY、パナソニック、ビクター、など各電機メーカーの派遣としてダイエー、西武、伊勢丹、髙島屋他、量販店で対面接客販売に従事。

当時は、メーカーの名前を隠し、社員のふりをして製品販売をしていました。
※後にメーカーのバッジ付けることが義務化されました。

販売員も癖のある人が多かった。

女、子供が一人秋葉原に買い物に行っちゃいけないなんて言われていた時代です。
※無法地帯?一部近い所はあったかも。

今からは想像もできませんが。

同年代の給料よりお金は多くもらえた。

歩合なんかもあって、他のメーカーの製品を売ると商品券がもらえた。

景気、良かったですね。

マッキントッシュとの出会い

電気店に居ると、パソコンや最新テレビ、家電などに触れ合う機会が増えます。

この時代に初めてマッキントッシュと名乗るリンゴマークのコンピュータを購入
(当時CANONが代理店)営業さんに頼んで安くしてもらった。感謝!

ついでに、フォトショップ(写真屋さん)イラストレーター(お絵描きソフト)も買った。

猿でもわかる本は、5冊くらい買ったけど良く分からんかった。

猿以下の人間かもと悟った。

猿から人間になるまでにそれから、数年を要した。

当時は、まだインターネット?何それ?ていうか、パソコン通信とか言ってた。

モデムを繋ぎ、ビヨン、ビヨン(音)してた。

テキストが支流、画像なんて開くの恐ろしく遅かった。

4回目の就職

友達に誘われ、KENWOOD(オーディオメーカー)でDOCOMOの携帯販売(法人営業)に従事。

ここで、電気店の販売員は一旦リタイア。

2年程で、KENWOODの業績悪化に伴い、事業部が閉鎖、再びメーカー販売員として店頭販売の仕事に戻ることに。

WordPressとの出会い

それから、月日は流れ・・・・

知り合いの役者さんに頼まれ、舞台写真を撮り始める。

このころ、Webサイトも一般化しかけてきていて、じゃ、作ろうか。

なんてことで、色々調べてWordpressってのがよさそうなんで、作りますかってなった。

電気製品の販売員をやりながら、色々な知識を仕入れていた頃ですね。

この時期に、Web(インターネット)関連のビジネス(アフィリエイトなど)に興味を持って色々勉強やら実践していた時代。

アフィリエイト時代

当時は、アフィリエイト=ドロップシッピングて言っていた時もあった。

今もあるか。

電脳卸さん。

色々調べて、ASP(アフィリエイトプロバイダー)に登録すること知る。

・A8ネット
・バリューコマース
・DTI(アダルト)

他にも登録してます。

でも、思い出せません・・・その気もない。

・A8ネット
・バリューコマース

普通のアフィリエイトやりたい人はこの2つ登録しておけば問題なかった。

有料商材やツールを買いまくっていた。

相当な金額を使っている。

知識詰め込んで、いろんなアフィリエイトサイトやブログ見て超勉強してました。
※今も勉強はしています。

でも、結局普通のアフィリエイトは殆どやらなかった。

アダルトばっかりやっていた。

アダルトアフィリエイトは、継続報酬が発生するメリットがあったのでアダルトアフィリエイトをやっていました。

ただ、このアフィリエイトの知識やツールの知識は後に役立つことになります。

クライアントさんと話をする時にアフィリエイトなどネットの絡む商売の話をしてあげると結構食いつきが良かったりします。

ここで、食いついてくる人は、多少なりとも今は、ネットを絡めたビジネスが必要だと知識を入れている方です。

でも、どうしたらいいか分からない人です。

情報を提供してあげると仕事に結びつく確率は高くなります。

そうこう、している間に景気は悪化、不景気の波は電気店に押し寄せる。

とどめは、地デジ化の為のテレビ販売が終了した事。

そこで、52歳で2回目のリストラになりました。

52歳リストラ後

その時すでに52歳であったが、内心は結構ワクワクしていた。

今までの知識と経験プラス、対面接客の経験をWebサイトに生かし、ネットリテラシーの低い事業者の為になる仕事がしたいと考えていたからです。

5回目の就職

改めて調べると、5回も就職していたのね・・・!

今思えば、直ぐに、会社を辞めたがるダメ社員だった!?

52歳の戦略

ウェブ業界は52歳からの就職はきついので、コネ作りの為、無料で入れるウェブデザイン関係の職業訓練所(ウエブデザイン事務所が運営)に6か月通い、そのままGoogleのインドアビュー(店舗の360°パノラマ写真、当時はお店フォトって言ていた)担当の社員として就職。

一応肩書はシニアディレクターなんのこっちゃよく分からないが。

会社としてもGoogleインドアビューやりたかったみたいで、話したらそのまま、じゃ、社員でってなった。

次の生徒募集の時は、何故か面接官までやっていた。

インドアビュー実績の一部

ホットヨガ&ジムCALDO池袋

フィットネス&スパ INSPA京都

フィットネス&リゾート INSPA新横浜

他にも、30か所ほど撮影に行ってますが大規模撮影で特に印象に残っている3店舗です。

結局会社側とGoogleが実績の問題で揉めて代理店契約を解消されたため、サイト更新などWeb関連の仕事で会社に残るか検討しましたがつまらなそうなので、結局退社することに。

ここまでくると、5回目の就職を考えるよりも先も長くないし、自分で何とかしなければならないと発想転換。

とりあえずフリーランス

とりあえずフリーランスを名乗り、ジモティーやクラウドワークスで取れそうな案件に、メール攻撃を開始。

ウエブサイトやSNSのノウハウ、ブログの構築、記事が書けるなど相手が、現状の問題点として自分で理解できているであろう部分を手助けできることを力説。

特に、SNSかWebサイトやブログへ誘導するのは効果あり。

後は、ユーザーの囲い込み(お得意さん戦略)。

専門的なことは書かない、言わない。

専門知識は相手を疲弊させるだけですよね。

途中で読むの止めますよ、仮に読んでも次のアクションは無いです。

面談までたどり着いたら、最初に相手の話をよく聞き、相手の理解できる範囲で話をし、最後は専門用語の連打で考える隙をなるべく与えずに契約を取り付ける。

接客業のノウハウです。

私はこれで仕事をゲットしていました

これからは、インターネットなどWeb関連と商売は切り離せません。

集客に必要なのは、ユーザーに分かりやすく自分のサービスを伝えることのできるメディア(ウェブサイトやSNS、ブログ)です。

自分ならできるをしっかりアピール

ユーザーにサービスを分かりやすく伝えられる文章が書ける人はいますか?

ウェブサイトやブログのメンテナンスできる人は?いますか。

効果的なWebサイトやブログの更新頻度の目安を伝えるとそれができればな・・・。

と大体のクライアントさんは思っているはずです。

私なら、それができます。

と言ってください。

クライアントさんよりそのお客さんを大切にする発想

文章を書くのが本業ですけど、Webサイトやブログの事もある程度理解していますよ、更新もできますとポートフォリオ代わりのWebサイトやブログを提示してあげれば殆どの確率で仕事はとれます。

文章だけ書くよりも遥かに高単価の仕事をゲットできます。

文章+Webサイトやブログ、これは切っても切れない、両輪です。

どちらか、一方が掛けてもうまく機能しないことを伝えてあげればいいのです。

今、自分の前にいるクライアントさんではなく、クライアントさんのお客様を第一に考えた発言が超大事です。

自分のお客様のことを考えている人になら任せてもいいと、必ず思います。

そして、Webサイトやブログはクライアントさんとそのユーザーにとって財産であることを伝えるのです。

サーバー代やドメイン代を負担する事でその財産を自分の資産として維持できることができるの事を伝えるのです。

この手法で、55歳から約7年間仕事をゲットしてきました。

受注実績の一例(直近7年間)

・弁護士さんと組んで相続案件の受注(継続案件)

・デリヘルのメルマガ配信、記事更新+パマジ(継続案件)

・不用品整理会社のサイト構築と記事更新(継続案件)

・遺品整理サイトの作成構築と記事更新(継続案件)

・水道修理会のサイト作成と記事更新(継続案件)

・日大医学部(神経内科学分野)サイト構築、記事作成レクチャー(コロナのため途中休止中)

・他(単発案件)

全ての案件が記事作成とWebサイトやブログの知識が決め手でした。

今でも、仕事の依頼はありますが、選んでいます。

長々書いてしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

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